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とはずがたり

ぬるま湯の中 首までつかってる いつか凍るの それとも煮え立つの

自分語り⑪わたしと趣味その2

長かった自分語りもこの記事で最後。
やっとか。


ta35.hatenablog.com

趣味探し

趣味を探そうと思っても、すぐに見つかるわけでもなく…ということもなく。
実際には別ルートで興味を惹かれていたものがあったので、わりとあっけなく「これを趣味にしたい」ということがみつかったのだった。
結果的には、そこに踏み出すために背中を押してくれたのが、芸能ジャンルへの関心の薄れだったのかもしれない。
まあ私は何に対しても基本的に重い女なので、趣味をひとつ増やすにも理由がいるんだよ。
そして、その別ルートが何かというと、まさかのダイビングなのである。

はじまりはやっぱり突然

きっかけはもう覚えていない。友人との話の流れで、お互いにダイビングをやってみたいということが発覚し、一緒に体験ダイビングに行ったのが、ことの始まりだったような気がする。2014年の出来事である。
ちなみにダイビングにずっと興味があったのは本当で、私が通った大学にはダイビングサークルなんてものはなかったのだが、姉の通う大学にはあって、しかも姉の友人が入っていたこともあり、コネを使って他大ながらも新歓コンパに参加した過去がある。結局、お金がかかるのでサークルメンバー皆でがっつりバイトしては潜りに出かけるとか言ってて、必修や1限の多い私の学部では難しいなと思ってやめてしまったのだが。
それでもやらなかった後悔はずっとあって、友人もやりたいと分かったとき、私は私で、このチャンスを逃すまいと思っていたのだった。1人ではできなかったし、やりたいと思ったままやらないで終わっていただろうから感謝している、というのをここで言っておく。ありがとう。

はじめてのダイビング

2014年夏、沖縄に降り立った私たちは、慶良間の海に潜ることになる。
船の上からでもすでに分かる透明度の高さにおびえつつ、最初はシュノーケリング。もう十分きれい。
そのあと船に戻り、器材を装着し、いよいよダイビング。私たちよりも若いインストラクターがいて、高校生の頃から潜っていて、そのままイントラになったと言っていた。そういう人生もあるのだな…なんて思いつつ。
実際に担当してくれたイントラはお母さんみたいな人で、初めての体験ダイビングで不安で仕方ない私たち2人をまるっと包み込む抜群の包容力であった。いざ潜降すると、私は過呼吸気味になって苦しくなってしまって、我慢できず一度水上に上がってしまった。それからは目をみながら呼吸のペースを教えてくれて、ダイビング中ずっと手を引いていてくれて安心して潜っていられた。最初のイントラがあのお母さんじゃなかったら私はダイビングを嫌いになっていたんじゃないかってくらい良い出会いだった。2ダイブ目には慣れてきて恐怖心は薄れ、3ダイブ目が一番楽しかった。なんといっても、ウミガメをみられたのが嬉しかった。頭上を泳ぐウミガメをみようと思って上を見上げた時、水面から太陽の光が線になって差し込んでいて、本当にこの世のものとは思えないくらい綺麗だった。魚をみるのも楽しいけど、地形と光も魅力だなと思い、もっといろんなポイントを潜ってみたくなった。友人と来年の夏は必ず石垣島で潜ろうと約束をした。

2度目の体験ダイビング

2015年9月、当然のように石垣島旅行を計画していた私たちの2度目のダイビングは、残念ながら台風によって阻まれた。
台風直撃で石垣島渡航は諦めざるを得なかったため、いっそのこと逆へ向かおうと北海道へ行き、それはそれで楽しかったのだが、ダイビング欲はくすぶることになり、また友人と来年こそはと誓いあったのだった。
そして2016年7月。
昨年の経験をふまえて台風のリスクが少ない時期に去年のままのプランを引っさげて石垣島へ。
今度のダイビングショップは1回目と比べてかなり放置プレイ。着いて来いよって感じだったけど、私たちには自由度が高くて楽しかった。何より、もともとフォト重視なショップだけあって、レンタルしたカメラでたくさん写真を撮らせてくれた。
同じ日に潜った方々との出会いも良かった。親子とご夫婦と女性1人。父はかなりおしゃべりで、ここのショップは体験の中ではかなり自由度が高く、普通は手をひっぱられながら泳ぐことしかできないから、ここで普通に潜れるなら体験では満足できないはずだからライセンスを取るべきだと勧誘された。50代くらいのご夫婦と1人で潜りに来ている女性をみて、こういう生活も良いなあなんて夢が膨らんだ。
すっかりダイビングに夢中になった私たちはライセンスを真剣に考え始めた。
ここでオタク的な年表を振り返っておくと、2015年8月がJUMPと出会った時である。2016年に入る頃には三津谷さん離れが始まっていて、2016年8月20日に℃-uteが解散を発表している。そして、まさしくその解散発表の当日、私は友人と一緒にライセンスを取ることを決めたのである。石垣島ではテンションがあがって取りたい取りたいと言ってたけれど本当のところはどうなのだ、と確認された。友人は私に関係なく1人でもライセンスを取るつもりだったので、それによってどこのショップで取るか決める、ということだった。
欲しいとは思うけど、本当に取る意味があるのだろうか。続けられなかったら意味ないだろうけど、続くだろうか。私は1人ではきっと取らないだろうけど、もしこの先取りたいと思ったときに付き合ってくれる人はいるだろうか。
散々考えて、取るなら今しかないという決断に至った。あと、その友人が結婚したこともあって思い出作りとしても悪くないかなと思ったのもある。

ダイビングを趣味にするということ

ライセンスをどこで取るか決めるために、いくつかのショップをまわった。あるショップのスタッフに「ダイビングなんてハマろうと思って続けなきゃ続かないから」と言われた。まったくもってその通りである。ダイビングだけじゃないんだろうけどね。私は、これにハマろう!と思ったことがない。一目惚れに近い形で俳優やアイドルにおちては推し、おちては推しを繰り返してきたわけで、ハマろうと思う前にハマっちゃってるわけだし、一目惚れに関しては常に待ちの状態だし。
結局、このスタッフさんがいるショップに通っている(別にこれだけが理由ではなく、価格やプール等のハード面もかなり良かった)わけだが、正解だったなあと思う。説明を聴きに来ただけの人に、ダイビングを趣味にする人生を熱く語ってくれるだけあって、かなり面倒見が良い。

ゴールだと思っていたCカード取得

2016年12月。無事にオープンウォーターを取ったのだが、取ったら取ったで今度は次の世界が見えてきた。アドバンスを取れば出来ることも行ける場所も増えるのだが、それを取るかどうかで、生きるか死ぬかくらい悩んだ。きもい。
オープンなら取ってみたかったとか旅先でついでにとかで通じると思うけと、その先に進むということは、確実に継続する意思が存在することになる。だからこそ、この道を進んでいいのかという不安が生まれてしまった。しかも、もう横に友達はいなくなる。1人で進んでいかなければいけない。10年近く劇場にしか行かなかったオタクが1人で海に出ようとしている。腰が重いにも程がある。

なりたい自分とは

わたしにはいつも各ジャンルにおけるロールモデルがいる。真似したりするわけではないが、こういう人になりたいな、と思う人が必ずいるのだ。オタクとしてはフォロワーさんの大半だし、女としてはずっと仕事も趣味も楽しんでいる母親なのだけれど、ダイビングではまだ見つけられていなかったことも大きいと思う。なんでダイビングをしたいのか、どういう風にダイビングをしたいのか、具体的なことが何もなかった。とにかく何かを始めたいと停滞から逃げた結果、見切り発車過ぎて迷子になってしまった。

続けていけるかという不安

オープンを取ってから、イントラにアドバンスはどうするかと聞かれ、返事ができなかった。取ってみたいとは思っていて喉まで出かかっているのに、最後の「はい」が口に出せなかった。
自宅までの帰り道、実に1時間近く、友人に一緒に悩んでもらった。というよりも、諭してもらったというか、背中を押してもらったというか。迷惑な話である。
その中で友人に言われて目から鱗だった言葉がある。
「やってみて嫌ならやめたらいい」
そういうものなんだな、と思って、なんとなく肩の荷が下りた気がした。
ここにきて漫画の話を出すのもどうかと思うが、私はちはやふるの太一に似ているところがある。太一のように何でもこなせる人間ではないけれど、勝てるビジョンがみえないもの、圧倒的なセンスや才能を前にしたら、身を引くことが美徳だと思って生きてきた。
だから太一が原田先生に言われる、「”青春ぜんぶ懸けたって強くなれない”?懸けてから言いなさい。」という言葉はとんでもなく自分にも刺さるなあと思っているのだが、それに匹敵するくらい「嫌だったらやめたらいい」という言葉が響いた。まだ他人を受け入れる柔軟さが残っていてよかったなと思っている。
たかがオタクを降りるということだけに悩んで心を痛める重さをかます私には、嫌だったらやめるという発想がなかった。そういう性分なのだから仕方ないと言えばそうなのだけれど。
それから、そうやって話している中で思い出したことがある。たかが半年前程度のことなのに忘れていた。私は石垣島で、あの1人で潜りに来ていた女性のようになりたいと思っていたのだった。
そんなわけで、いつまで続くかわからないけど、やってみたかったことに実際に手が届いている状況を有難く思って、怖がらずに進んでみようと思い、勢いでオープンから2週間後にアドバンスの講習を申し込んだ。
やってみたら、舞台ほど大切にできないかもしれないけど、そしたら、損したなーって笑いとばせばいいらしいよ。びっくり。

知らず知らずに追い込まれていたらしい

アドバンスを取るかどうか悩む中で、自分では本当にまったく意識していなかったのだけど、独り身であることが思いの外精神を抉っているようだということにも気が付いた。
周囲では、結婚の時期の悩みが話題をしめるようになった。友人達は人生のほとんどを特定の男性のためにどう生きるか、ということを考えて生きているのに私はいつまでたっても自分をどう満足させるかということで精一杯だった。そういうことに引け目を感じていたのだと思う。いや、結婚自体も自分を満足させることなんだろうけど。なんというか、趣味をどうするかで悩むって、すごく子供じみているなと思ってしまったのだ。悩みの質がいつまでも変わらないことに嫌悪を感じ、そして何よりもそれについて悩むことで、なりたい自分を見失った。

ライセンス取得直後に、ショップのパーティーみたいなのがあって、老若男女が集まった。そこで、高齢になってからラインセンスを取得して、ガンガン海外の海で潜ってるおじいちゃんとかおばあちゃんとかに出会った。人生を謳歌しているって感じだった。まあ、ダイビングできるくらいの体力と財力があるからっていうのもあるんだろうけど…。
でもそんな姿をみて、いきなり誰かと歩もうとしたから、わけわかんなくなっちゃったんだな、と思った。
自己啓発セミナー帰りの女みたいなブログだけど。たぶん適齢期の女としての悩みは尽きないし、あと2年後くらいにはまたビックウェーブきそうだと思ってるけど。私は生き方を重く考えすぎる性質だから、仕方ないと受け入れるしかない。抗ってもいいことない。

どう自分を満足させて生きていくか

腰が重い理由は、ただ新しい世界に踏み込むことが怖いということだけだったと思う。
今から舞台を観る生活に戻っても、きっと楽しい。同じくらいの金銭負担で、同じくらい楽しめると思う。
今年もFCを更新して、初日と楽日に入って手紙を書いて記念日にはプレゼントを。いま想像しても、まだ全然たのしめる自信がある。
でも私はダイビングを趣味にする人々を知ってしまった。そういう自分を想像してしまった。
やらなきゃ、きっと後悔する。
友人が結婚して、妻になることで出来なくなることが増えていくもんなんだなと感じた。なんというか、私の近くにいる数名のケースが特殊すぎるのもあるんだけど。住む場所すら選択できない可能性もあるわけだ。
そうなると、結婚の予定はないが、TO DOを消化するように生きていきたいと思うようになっていった。やっておけばよかったを1つでもなくすために時間とお金を使うことに生きる目的をシフトした私は、やっぱりダイビングを気が済むまでやってみようと思った。

最近、初めて体験ダイビングをした頃のツイートを読み返した。
2年が経って、あの時の初期衝動はもうすっかり忘れていたけれど、アクティブな女になる、とか、ライセンス取りたい、とか無邪気にツイートしていた。うん。2年前の私のためにも、アドバンスを取って正解だった。
自分で歩を進めるということが、やっぱりまだ少し怖くはあるのだけれど、ちょっと頑張ってみようと思っている。
大丈夫。もう、来月はいつ行けるかなって考え始めてる。時間の問題だと思う。