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とはずがたり

ぬるま湯の中 首までつかってる いつか凍るの それとも煮え立つの

『コーパス・クリスティ 聖骸』@青山円形劇場

むずかしかったです。感想探してもレポすら無いんですよね。フォロワさんから、難しいからでは?って言われたんだけど、そうなんだろうと思います。ついていくので必死で、観終わった後は難しいという印象と疲労感しか残らないという。勉強不足って言われたらそうなんですけども…。
端的に言うと、キリストが現代のテキサスでゲイとして育ったという設定で誕生から受難の日までを描いた作品です。アメリカのトニー賞作家テレンス・マクナリーによるもので、アメリカでは上演中止を求めるデモが起こったほどの問題作。ちなみにこの人は同性愛者であることをカムアウトしてることで有名だとか。キリストの受難劇とホモフォビックな社会をパラレルに描いて〜みたいなことだと思うんだけど、正直、むこうの同性愛をめぐる環境なんてわかんないしね。予習もせずに見に行ったわけで後からどうにかなるわけでもなく、すっぱりさっぱり諦めて楽しむことにしました。主にダンスシーンを。何回かあるんですけども、最前だと本当に目の前で踊られます。すごいよあれは。びっくりするというか、ほれます。どうでもいいけど、円形で最前しか出ないのは何の罠なのか。他舞台で良席出してよ…
あと、円形だから通路通ってはけるわけですが、近江さんは目が合うと微笑みます。どういうつもりで微笑んでんのかなあれ。あくまで劇中劇だから観客の目を意識している、というか、そこに観客がいる前提で演技をしているという意識があるというか…むずかしいけど。他舞台だったら、はけるとは言え本番中なわけだから絶対あり得ないですもんね。なんだったんだろうか
正直、最初の入りでスッと理解できなかったのがつらかったんだと思います。現代アメリカにおける劇中劇っていう構成なのに洗礼で呼ばれる名前はキャスト自身の名前っていうことに違和感ぬぐえないままラストまでいっちゃいました。本編前に劇場内をうろついているキャスト同士が呼び合う名前も本人の名前だったし。日本の若者がキリストの受難劇を現代アメリカのパロディにしたものを演じるっていうのが複雑すぎて私には理解できませんでした。アメリカ文化わかんないもん。かろうじてプロムがわかるぐらいだよ。この作品を日本でやる意味ってあったのかなとか思ってしまいました。似たようなもので、淋しいマグネットも海外戯曲だったけど、名前も土地も日本仕様にしてたんだよね。当初は名前も戯曲のまんまで行く予定で発表されてたものが稽古段階で役名変えますって発表があったし、何かしらの違和感があったからだと思うんですよ。なんというか、わたしは専門家でもなんでもないので、この演技はどうだとかこの演出はどうだとか言えないわけで、どんな小さなことでもいいから何かしら自分に通ずるものがないとみてておもしろくないと感じてしまうと思うわけですよ。その点で言うと、アメリカにもキリストにも同性愛にも通じていない私は、蚊帳の外過ぎてなんだかって感じでした。(今回は招待券なもので。以前、お金を払って観ているからその分の満足感を得ようとして高評価になるのが普通だよって言われたことがあるんですけど、たしかにそうだよなと思いました。今回もチケ代払ってたとしたら、やる意味あったの?までは言ってなかったかも。)
でも、ごうたくんは凄かったです。表情、というか、瞳が。柔らかくて強い、これが神の子だわ…っていう説得力がありました。そしてやっぱり、ながやまさんとわっしー好きです。しゅうごくんも良かったですし。もう長いこと二人のお芝居みてないのですさみしい。on公演もちょっと難しいし(財布的に)来年はパニッシュにもお金使わなきゃな。しかしその前に、湯沢さんの、マグダラの世界に入るともるくんを観たいのでマグダラに行くべきだと思いました。
そんなわけで、まあこういう作品もあるよねっていうことで。