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とはずがたり

ぬるま湯の中 首までつかってる いつか凍るの それとも煮え立つの

自分語り⑤わたしと運命の出会いその2

さあ今日は10月7日ということで…
6日までには、と書いておきながら、やっぱり遅筆なわたしには平日に書ききるのは難しかった。
しかも、こういう時に限って仕事がばたつくんだよ。普段は暇なのに。
今日中にはどうしても書いてしまいたいからネカフェなう。タイムリミットはあと3時間。

ta35.hatenablog.com


タイトルを「わたしと」しばりにしたかったけど、ちょっと無理があった。
とりあえず今回は2015年あたりを振り返っていて、2015年は個人的に「観劇の年」なのだけど、主にその狭間に転がり込んできたものの話をする。



そんなわけで、2011年に三津谷さんに出会い、2012年に矢崎さんを推すと決めたわたしの大学生活は、若手俳優一色だった。
今日の飲み会代は1テニミュ*1だなー。この時間でバイトしてお金稼ぎたいなー。そんなことばかり考えた4年間だった。おかげで大学時代の友人から誘いのかからないこと…。まあ反省はしてないし、ぶっちゃけ後悔もしていない。あれはあれで、あの時しかできないことだったなと思っている。

2013→2014~大学卒業後の観劇充な日々~

こうして大学に入学して自由になるお金と時間が増えたことが観劇にハマる後押しをしたとすると、人生にはもう一つ、自由になるお金が増えるタイミングがある。
…そう、就職。
私は専門的な専攻だったこともあって、とにかく必修科目が多く、1限から5限まであるのが普通だったし、基本的に月曜日から土曜日まで大学にいた。だからバイト漬けで荒稼ぎもできなかったわけで。特に卒論時期なんて休みとかどこいったの?っていうくらい学校にいた。さらに卒業間際は資格試験の勉強とか実習とか、とりあえず時間がなくて、どちらかというと就職して週休2日になってからの方が時間に余裕があった。
その上、通学はドアtoドアで2時間半だったのが、一人暮らしを初めて徒歩15分。帰りが遅くなっても誰も何も言わない。
就職した途端、環境に恵まれすぎか!
当然、観劇回数は一気に増えた。

2011年総括! - とはずがたり
2012年2012年総括! - とはずがたり
2013年2013総括 - とはずがたり
2014年2014年総括という名の反省と2015年の抱負 - とはずがたり
2015年2015年総括 - とはずがたり

楽しかった。
定時で退勤して余裕で19時開演に間に合う。終わって帰宅しても、学生時代にバイト終わって帰るより早かった。びびる。
ただ。
年間の観劇数を数えると、2012年が28公演。2013年で53。2014年は58だった。
舞台オタしてれば3桁いく人もざらだし、たいしたことないと思うんだけど、それでも観劇に圧迫されていくのを感じた。
何が圧迫しているかって…まあ、まずはチケット代。年齢を重ねるとともに、だんだんとお金の使い道が増えた。薄給の女が娯楽に使えるお金なんて本来はたかがしれているはずなのだ。世知辛い。
とは言え、お金だけの話ではなかった。「観にいくこと」が目的になり、満足し、「消費」している感覚に陥っていた。
楽しいから好きだから観に行くはずなのに、引き換えになにかが磨り減っていくような気さえしてきた頃、観劇回数を抑えようかという考えがちらつき始めた。

でも、とめられなかった。というよりも、ブレーキというものの存在を知らなかった、という方が正しいかもしれない。
「じゃあ、消費しなきゃいいんじゃない?」
それが私が出した結論だった。

2015年~劇団patchとの出会いとその後~

2015年は観劇数こそ53公演だったが、遠征を4回している。私が最も観劇に思い入れた年と言って良いと思う。
そして劇団patchと出会った年だ。私はこの言葉を使うの好きじゃないんだけど、まあそれはオタクのどうでもいいこだわりなので、関西版D-BOYSという彼らの存在は知っていた。
D2が出演した「TRUMP」ですっかり末満さんのファンになっていた私は、patchに末満さんがかかわっていると知ってから気にはなっていたのだが、活動拠点は関西だし、好きになるつもりはなかった…のだが、劇団patchがTRUMPシリーズ最終章として「SPECTER」という作品を上演すると聞いて飛びついた。大阪まで彼らの舞台を観に行ったのは3月のこと。

SPECTERは最高だったんだけれど、それと同じくらい、patchが好きになった。
パンフレットについていたメイキング映像からにじみ出るハングリー精神。東京にごまんといる若手俳優とは違う匂いがした。

すぐに過去公演のDVDを集め始めた。Patch8番勝負という企画のDVDも公式では手に入らないものをファンの方からお譲りいただいたりして、全部そろえた。1か月経たないくらいで入手できる映像はすべて手元にあったように思う。
「これから来る人たち」という雰囲気をまとった彼らを見ているとわくわくした。三津谷さんや矢崎さんでは味わえなくなったものだけど、私はこの感覚に弱い。
なかでも、竹下健人くんが好きだった。重要な役割を担うことが多く、末満さんから信頼されているのだろうと思ったし、特撮好きで仮面ライダーに出たいというわかりやすい目標もあったし、何よりブログが良かった。育ちの良い真っ直ぐ育った空手少年は「推しやすかった」。このころになると、私はすっかり若手俳優オタのスキルを備えていたようで、基準が明確だった。
外部舞台があると知れば、迷うことなくすぐさまチケットを買い、神戸へ遠征した。patchの舞台情報をほのめかされれば、作品がわかる前にとりあえず足と宿を押さえた。
初夏のことである。このときは大阪に住みたいとさえ思った。でも、舞台やイベントは遠征すればいいだけの話だ。そんなのは悩みにもならない。
本当につらかったのは、出演番組がみられないことだった。劇団patchはご当地アイドルみたいな感じで、関西ローカルの番組に出ることが多かったのだけど、関東にいる限り観ることはできない。
観たいテレビがみられないというつらさを初めて味わった。
そして、Patchはファンが会える機会の多い集団だった。ラジオの公録*2とかアニメイトでやっていた6か月連続イベントとか。
自分が観られないものが多すぎて、興味が引くのは早かった。Patchは舞台は観るけど「推さない」。うきうきでチケットを取った8月の舞台*3のころには、もうそんなふうに思っていた。
東京に来てくれたらいいのだけど、「関西から演劇で日本を元気に」だからなあ…。
思いの外、居住地域以外の人を推すのは大変だった。行こうと思ったらチケットだけじゃなくて足や宿の手配もしなくてもいけないし。経済的な負担だけではなく、そういうものに気力が追いつかないことも多々あると感じたときに推すのを諦めた。

2015年8月1日~運命の出会い、ふたたび~

最初に*4書いたように、すべてのはじまりは、たまたま観ていたテレビだった。
約8年半後、また同じような出会いがあった。今思えば、これも運命だったのだろう。
なんとなく見ていた「嵐にしやがれ」。ゲストはこの年の24時間TVのパーソナリティーをつとめるHey!Say!JUMPの一部のメンバー*5
この、一部のメンバーというのがミソである。わたしはジャニーズにうとかった。みたらハマる要素しかないので、みないようにしていたというのもあるが、真ん中にそえるのが「歌、ダンス」なのか「芝居」なのかと聞かれたら、「芝居」の人たちのほうに魅力を感じていたから。そんな私にとって「Hey!Say!JUMP=山田涼介」。だから、山田さんのいないJUMPをみて、新しいグループを知ったような新鮮さがあった。
ちなみに、この日のしやがれは嵐とJUMPの対決だったんだけど、5人はジャニーズとは思えないポンコツさを披露していた。
8月はみつやざき両人ともに本番がなくイベントのみだったので、家にいる時間も長く、JUMPについて調べるにはいいタイミングだった。
知れば知るほど面白く、これがJUMPだからなのか、やっぱりジャニーズ事務所パンドラの箱だったのか分からないが、どちらにせよ落ちるのは一瞬である。D-BOYSテニミュのときがそうだったように。
だから8月にPatchの熱海を観ているときには、JUMPのことが気になっていたりしたわけで、遠征先のホテルで24時間TVを見ていた。

9月~箱推し願望~

そんなわけで、じゃあジャニオタに転身かといえば、そうではない。
私の中には、三津谷さんや矢崎さんを応援したいという気持ちのほかに、もうひとつ「集団を応援したい」という欲がある。
最初はD-BOYS。次がD2。しかしD2も人気がでれば個人仕事が増えるので、箱推しはしにくくなっていき、次が劇団patchだった。でも上に書いたような理由で諦めてしまった。
JUMPは、そのポストにおさまることになるだけだ。あくまで、メインは三津谷さんと矢崎さん。箱推し欲の容量は小さいので、手軽であれば手軽なほどいい。Patchとは真逆で、お茶の間でも楽しめるJUMPは最適だった。

10月~怒涛の観劇ラッシュ~

稽古期間を終えた三津谷さんと矢崎さんが本番を迎えたので忙しかった。まだまだヒエラルキーでは舞台が上だった。
その一方で、ラジオやテレビのレギュラー番組だけで、1銭も払わなくても楽しめるジャニーズに感銘を受けていた。2足目のわらじが美味し過ぎて酔いしれた。
ちょうどツアー中だったJUMPのコンサートレポがTwitterに溢れんばかりになっていて、それを読むだけでも楽しい自分に自分が一番驚いていた。
正直、一過性のものだと思っていたが、このあたりで自分としても受け入れるしかなく、周囲のオタバレしている友人にJUMPにハマッたことを報告した記憶がある。

11月~ブロマイドを買わないと決めた~

11月も三津谷さん矢崎さん現場はなし。
現場はなくても、ワタナベから毎月出ている三津谷さんのブロマイドは買っていたわけだが、買い忘れていて月末に慌てて買うなんてことはしょっちゅうだったし、きれいにファイリングすることもなく、買って満足しては積んでいるだけの状態が続いた。
買ってきたのに袋から出してすらいない写真たちを私は果たして本当に望んでいるのだろうか…。
自分でも明らかに義務的に買っているだけだよなという思いがじわじわ膨らんでいたが、一人暮らしの身の上では止めてくれる人もいない。何かを集めていた人ならわかると思うが、買い続けていたものを買わなくなるというのは怖いことなのだ。惰性で買っておいた方が精神衛生的には落ち着いていたりするものだ。
そんな状態がしばらく続いたあと、たまたま家に泊まりに来ていた友人に積み写真をみせて何のために買っているのか分かんないよねっていう笑い話にしたつもりだったんだけど、言葉にしてしまったら思いのほか自分自身にささった。(当然友達にも、積んであるんだったら意味ないって言われた。)その月から買うのをやめた。買わないと決めたのが中旬だったから、その月は月末になると辛かった。その次の月からはなんでもなかった。ブロマイドのことは思い出したけど、「あーそろそろ表参道行く日決めなきゃ…。いやいや、買うのやめたんだった。」ってくらい。そのまた次の月からは思い出すこともなかった。そんなものである。

12月~「好き」と「推す」~

幽悲伝の月。推さなくなっても好きは好き。というわけで、当初から行く予定だった幽悲伝に、三津谷さんまで出るって言うもんだから、全通してきた。
ちょっと落ちてた観劇モチベーションが再浮上。JUMPは京セラが決まってざわついていた。JUMPにもネクストブレイクの香りがプンプン漂っていてクラクラした。このあたりは結構、緒不安定だったな(笑)
それでも、こだわっていたものが1つなくなると、連鎖的に執着心はうすれていくものらしい。
ブロマイドを買わなくなってから、観劇をおさえようという気持ちは強くなった。
そうして出来上がったのが2016年活動指針だった。
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*1:1公演分の5,800円也。

*2:もう終わってしまったけど、ソラトニワ梅田で「どっちもPatch!?」というのを毎週やっていた。

*3:Patch stage EX『熱海殺人事件

*4:自分語り①わたしと若手俳優 - とはずがたり

*5:薮・中島・高木・伊野尾・岡本